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ヒバチ 『警視庁窓際班』
『警視庁窓際班』
星見ヶ丘の、とある古いアパート
一室の入口に規制線が貼られている
鑑識と思しき数人が部屋の中で写真を撮り終え、出てくる。
規制線を潜りながら、背の高い女性刑事、四葉桜子と、眼鏡の汚らしいベテラン刑事大門正義が入ってくる
大門は鑑識に会釈しながら進む。
四葉はトップギアで怒っている。
四葉、手袋をしながら
四葉「だからぁ、なんで私らがやんなきゃならないんですか?私今日予定あるんですけど!」
大門「予定ってあれだろ?なんだ、ラーメンマンみたいな」
四葉「麻辣湯です」
大門「あー、それそれ。それはいつでも食えるだろうが」
四葉「オープン記念で具が入れ放題なんですよ!普段好き放題入れたら3000円越えますから!」
大門「1食3000円はやべぇな」
四葉「でしょ!しかもとんでもない行列なんですよ!早く行かないと!ブンモジャ無くなったら大門さん責任とれます?」
大門「なんだその毛ぇ生えてそうなやつ」
四葉「とにかく、今日は早く帰りたいんです!!サービス残業断固反対!」
大門「しょうがねぇだろ、人手が足りねぇんだから、今一課がどれだけ大変か」
四葉、少し真剣になり
四葉「それは分かりますよ、現役刑事が殺人犯だったなんて、スキャンダルどころじゃ済まないですから」
大門「そう、皆ゲボ吐くくらいバタバタしてるの。暇なのは、我々窓際班だけ」
四葉「いやそんな班入った覚えないですけど」
大門「俺がいる場所は全部窓際になる。覚えとけ」
四葉「それ仕事出来ない宣言ですよ?」
大門「ははは」
四葉「事件の全容だって、全然情報降りて来ないし!散々蚊帳の外にしといて、雑務だけ押し付けるとか、舐めてますよね!」
大門「まぁまぁ落ち着いて」
四葉「にしても・・何にも無い部屋ですね」
大門「だな、最低限の物しか置いてない、ミニマリストってやつか?」
四葉「ほんとにここにいたんですか?星見ヶ丘0号」
大門「まぁ、本人が証言してるしな。近隣住民に写真確認もしたから、出頭するまでの数年間はここにいたってことで間違いないだろう」
四葉「こんな何もないとこに数年・・」
大門「うん、あるのはお椀とお箸、布団・・以上」
四葉「刑務所より質素ですね」
大門「だな、これじゃあ調べる事なんて・・あ、押し入れ・・死体入ってたり」
四葉「やめてくださいよ!」
大門押し入れを開ける
押し入れの中から大量のノートが崩れ落ちる
四葉「わぁ!!びっくりした!ななな、なんですかこれ」
大門「・・ノート?なんだこのイカれた量は」
四葉「やだ!絶対読みたくないんですけど!
大門「え?」
四葉「こういう時ってヤバい妄想が山ほど書かれてるじゃないですか!もしくは被害者がどう亡くなったかリアルタイムに秒単位で綴られてるとか!」
大門「ああ、連続殺人犯で、殺し屋って話だからな、どんなやべぇ事が書いてあるか・・」
四葉「大門さん読んで下さいよ」
大門「え?そのままジップロック入れて提出しちゃおうぜ」
四葉「ダメですよ!ちゃんと確認しないと!重要な手がかりかもしれないんだから!」
大門「いやお前・・はいはい、わかりました、見ればいいんだろ」
大門、ノート捲る
四葉はそっぽ向いている
大門「うわ!!・・ん?」
四葉「なんですか?どうしました?」
大門「・・いや、たぶんこれ・・日記だな」
四葉「やばい日記?」
大門「うん・・やばい」
四葉「やだ!見たくない!」
大門「でもなんていうか・・おい四葉、これどう思う?」
四葉「えー・・」
四葉、恐る恐るノートを覗く
四葉「2025年2月4日、雪、今日も見つからない・・楽になるな、楽になるな・・」
大門「次のページ」
捲る、次のページには"楽になるな"という文言が、離れて見たら黒い紙に見えるほどびっしり書き込まれている
四葉「楽になるな楽になるな楽になるな・・」
大門「びっしりだな」
四葉「・・星見ヶ丘0号は誰かを探してた?」
大門「うーん、かもな」
四葉「この"楽になるな"ってどういう事ですかね?」
大門、別のノートを捲りながら
大門「さぁ?まぁ普通に考えたら自分に向けて書いてるよな」
四葉「他のもこんな感じですか?」
大門、別のノートをパラパラ捲りながら
大門「うん、びっしり」
四葉「これ、全部・・」
大量のノートを見つめる
四葉「後悔・・してたんですかね」
大門「さぁな、例え後悔してたとしても、やっちまった事は変わらねぇから」
四葉「厳しいですね」
大門「人殺しに同情なんかすんな。心が勿体ないぞー」
四葉「それは、そうですけど・・」
大門「とりあえず全部回収だな。窓際班の仕事はそれで終わり」
四葉「大門さん、これ、ちょっと読んでもいいですか?」
大門「はぁ?予定あるんじゃねぇのかよ」
四葉、読み始める
四葉「・・」
大門「まぁ好きにしろよ、俺タバコ吸ってくるから・・聞いて・・ないね、ははは」
大門出ていく
ノートはとても汚い字で、ほとんど全て平仮名で書かれている。
以下、ノート一部抜粋
僕の人生は暗闇から始まった、物心着いたときには暗い部屋にいた。
僕は父さんの言うことを聞く為に生まれたんだそうだ、父さんの言うことを聞かないと死ぬ、そう教えられた。コンクリートと毛布だけの部屋で、文字と言葉、人の殺し方だけを習った。
壁越しに聞こえてくるテレビの音を必死で聞いた。テレビが僕の学校だった。冷たい壁に耳をつけて、音だけを聞く。アンパンマンという、顔も知らないヒーローが僕の全てだった気がする。悪い人を殺すのが、僕の生きる意味だと教えられた。
父さんはご飯をくれたので、それが正しいんだと思っていた。
日付け無し、雪
初めてしごとをした。父さんが色鉛筆とノートをくれた。お菓子もくれた。美味しい。早く次のしごとがしたい。
日付け無し
気持ちが悪い。
日付け無し
声が聞こえる。一昨日のおじさんの声だ。嫌な気持ちだ。
日付け無し
仕事をした。お菓子を貰った。
テレビの音が楽しい。
日付け無し
仕事をした。テレビを聞く。
日付け無し
仕事をした。声が聞こえる。テレビが聞こえない。
日付け無し
雪、寒い。
日付け無し
声が消えない。うるさい。
日付け無し、雪
最初に人を殺した事を思い出す。あの人は父さんの敵だったらしい。だから殺すしかなかった。あの人は玩具を持っていた。壁越しに聞いたアニメのキャラクターの玩具だった。悪いやつにも子供がいるのだろう。娘がいるのだろうか。あの人の声が消えない。僕は悪いことをしてるのだろうか。玩具はずっと捨てられないでいる。
日付け無し
声が消えない。
日付け無し
声が聞こえる。
日付け無し
声が聞こえる。父さんは良い人なのだろうか?
2015年12月24日
逃げた。父さんはたぶん悪い人だ。僕はアンパンマンじゃなかった。僕はバイキンマンだ。初めて仕事以外で外に出た。肺が痛い。心臓の音が止まらない。それでも声は聞こえる。ごめんなさい。
日付け無し
太陽が明るすぎる。
目が痛い。
日付け無し
夜のほうがいい。
声がうるさい。
日付け無し
お腹が減った。
2016年1月20日
学校に勤める事になった。学校は楽しい。吹奏楽部の音と野球部の声、それから一人の若い先生の声。あの人の声を聞いてる時は声が聞こえない。
2016年1月21日
あの人は火鉢先生というらしい。暖かい名前だ。子供ができたと話していた。
僕のお母さんは誰なんだろ。会いたい。火鉢先生の子供はきっと幸せに暮らせる。羨ましさが少し。僕は幸せになってはいけない。
2016年2月20日
冬休み、学校の整備で登校。
声が聞こえる。許される事はない。楽になってはいけない。
2016年2月25日
冬休み、楽になりたい。
雪。寒い。楽になりたい。
2016年3月5日
寒い。明日、決行する。
本当に申し訳ない。取り返しがつかない。すみません。
2016年3月10日
火鉢先生が死んだ。
犯人はあの声。通報したがすぐに自殺ということになった。死ぬ前に犯人を見つける。僕しか犯人を見つけられない。
2017年8月8日
犯人は見つからない。あの声は忘れない。どうすればいい。楽になるな。苦しめ。
2018年6月6日
雨。見つからない。声が消えない。ダメだ、楽になるな、楽になるな。絶対に見つける。
2019年7月21日
今日も見つからない、声だけでこの広い街から見つけ出すのは不可能かもしれない。僕がもっと賢ければ、何か方法があるのに、自分の学の無さを悔いる、楽になってはいけない、僕は苦しまなければいけない
2020年1月1日
年が明けた。正月というのは皆で祝い、皆で楽しむ為のものらしい。
火鉢先生が生きていたら、家族と過ごしていたんだろう。家族ってなんだろう?楽になるな、楽になるな、僕は人を殺した
2020年2月3日、雪
まだ見つからない。定食屋を見ていたらおばちゃんに声をかけられた。寒そうだから食べていきな、お代は今度でいいよ、だそうだ。火鉢先生と同じ音がする。これは優しさの音だ。僕が殺した人もきっと優しい声で誰かと過ごす未来があった。カツ丼が美味しくて、たぶん僕は初めて泣いた。目の奥が痛い。楽になるな。楽になるな。罪を償え。苦しめ。
2021年8月20日
見つけた。あの声だ。警視庁の記者会見の中継。間違いない。犯人は警察官だ。
カツ丼をこぼした。声が消えない。
2022年1月1日
あの声を探して警視庁の前を歩いた。すぐに警官が寄ってきたので逃げた。
どうすればあの声の主を見つけられるのか。
僕の証言は信用してもらえるのか、わからない。
2023年8月15日
今日も警視庁の前を歩いた。
見つからない。声が大きくなっている。楽になるな。楽になるな。
2025年9月20日
何か方法は無いか。誰か教えてください。どうすればいいのか。なんで僕はこんなに頭が悪いんだろう。方法が浮かばない。
2026年7月2日
最後の手段を使うことにした。頭の悪い自分が悔しい。見つけたところで捕まえる事は出来ないかもしれない。でも誰かに伝えなくては。警察の誰かに。
四葉、ノートを閉じ、部屋を見渡す
いつの間にか日が暮れている
大門が入ってくる
大門「おーい、いつまでやってんだよ、流石に帰ろうぜ、一箱吸いきったぞ。おじさんの肺を壊すつもりか?」
四葉「・・・」
大門「・・聞いてる?」
四葉「あ、すみません」
大門「夢中になっちゃってまぁ・・」
四葉「大門さん」
大門「ん?」
四葉「星見ヶ丘0号は、悔いていました」
大門「・・・うん」
四葉「悔いていたんです」
大門「・・だから?」
四葉「いや、別に」
大門「許すなよ」
四葉「え?」
大門「お前が犯人を許す事を、俺は許さない」
四葉「何言ってるんですか」
大門「事情も理由も後悔も、何もかもひっくるめて、絶対に許しちゃならねぇ。いいか?お前の心の中でさえ、絶対に許しちゃいけねぇんだ」
四葉「そこまで・・」
大門「そこまで言うよ、浮かばれねぇから」
四葉「え?」
大門「俺たちが犯人を憎んでやらねぇと、浮かばれねぇんだよ、被害者が」
四葉「あ・・」
大門「それに遺された家族もだ、一緒に憎んでやれねぇで何が警察だよ。俺たちが同情していいのは被害者だけだ。警察舐めんなよ、四葉」
四葉「・・はい」
大門「よろしい、そんじゃ帰ろうぜ、この後雨降るってさ」
四葉「え、傘持ってない」
大門「やべぇだろ?急ごうぜ」
二人、ノートを回収しはじめる
四葉、しばらくして手を止め
四葉「大門さん」
大門「何?」
四葉「・・」
大門「え、もしかして怒ってる?偉そうな事言ったから。あれは違うよ、つい調子に乗って・・」
四葉「私・・いい警察官になります、絶対」
大門「・・おお、いいね!出世したら俺も引っ張り上げてよ」
四葉「その時はボロ雑巾のようにコキ使いますんでよろしく」
大門「え?ひどくない?」
四葉「じゃ、お先!」
大門「え?おい・・」
四葉、証拠品を抱えて走り去る
大門「いい警察官、ね・・いつまでも窓際に置いとく訳にも行かねぇかなぁ」
大門、ブツブツ言いながら去る
空になったアパートの窓に雨粒が落ち、やがて窓からの景色が滲む。
